地平の意義

「ハゲタカ」スピンアウト・ノヴェル





Deal 5

 

会場から出て歩き出すとすぐ、黒田が振り向いた。
「じゃあ、ドコにしましょうか?」
「え…?」
「この後は、私も顔出しの予定ありませんし、スイートでも取
りますか? それとも少し、最上階のバーで…」
「! いやっあのっ そんなつもりじゃッ…!」
 大慌てで三島が手や頭をブンブン振ると、黒田は可笑しそう
に少し口を押さえた。
「取材場所ですよ。私に聞きたい事があるんでしょう?」
「!!」
「何でも喋りますよ?」
 完全に遊ばれてるし…。
 男の笑みに、取材など可能なのか、という気持ちが三島の内
に広がった。



 会場の照明が戻されると同時に、鷲津の目はある一人の人物
を捕えた。

 本木三郎。クリスタルネット副社長…今回のディールのキー
パーソン…! 

 人波を除けながら、その近くへ行くと、声をかけた。老紳士
は、少し意外そうな顔をしてから、頭を下げる。
「黒田社長は、さすがのカリスマ性ですね。」
「や…まぁ、えぇ…」
「しかし、カリスマだけで経営は出来ない。」
「………」
「社長もご自分で理解しているはずです。」
「………」
「経営の才覚自体は、無くはない。学ぶ機会さえあれば、良い
経営者になるでしょうね…。」
 鷲津は黙ったままの本木を、横目で見た。その顔には、強い
後悔のような感情が滲んでいた。



 スカイバーのカウンターで、隣の三島が遠慮がちにグラスを
傾けると、黒田は少し苦笑した。
「折角だから窓際で乾杯といきたいんですがね…」
 高所恐怖症で。そう黒田が続けると、三島は意外そうな顔を
してから、思わず笑った。
「デート場所に案外苦労されますね。」
「まぁ、今夜はこれで丁度良いと思うんですけど。」
 細めた男の瞳に、三島は微かな暗さを見た気がした。


 会場外に出ると、鷲津はすぐに村田を呼んだ。
「副社長の本木について詳しく調べて下さい。先代から今に
至るまで、出来る限り…。」
 強い視線はいつも通り、ディール一点へと向けられていた。




「早速ですが…」
「はい、何でしょう? あ、つまらない事は、今夜は答えませ
んよ?」
「!!」
 笑いながら先手を打たれ、三島は思わず言葉に詰まった。
 これではホライズンの事も、これからの成り行きの事も、聞
く事は出来ない。…無理矢理聞けば、きっとこのインタビュー
は即終わる…。
 自分を試すように笑みを深くする男に、三島は一つ、息を吸
った。
「黒田さんは……先代が急逝しての、突然の社長就任だったん
ですよね…?」


  不安や…戸惑いはなかったんですか?


 三島が探るように投げた問いは、計らずも黒田の急所を撃ち
抜いた。






posted by Team Novelize”HAGETAKA” 01:23 |-|-|pookmark





Deal 4

 会場中が、鷲津の登場に息を呑んでいた。
 その空気に、鷲津もはた、と我に返る。青ざめる、村田と
リンが見えた。
 いよいよ周囲が、ひそひそざわざわと騒ぎ始める。しかしそ
の時、計ったように照明が落とされた。
 会場中の戸惑いをよそに、照明は、間接的で幻想的なものに
切り替わる。同時にステージ上の黒田にライトが当てられた。
「本日はようこそおいで下さいました、クリスタルネット社長
の黒田です。クリスタルクリスマスパーティナイト、お楽しみ
戴けていますでしょうか? 皆様が、聖夜に良き友を見つけら
れたなら、この上なく幸せでございます。引き続き『仲良く』
お楽しみ戴きたいのですが…」
 黒田が僅かに言葉を切ると、次の瞬間、三島にもスポットが
当たった。
「!?」
「どうも一部では、そう出来そうもありませんね?」
 黒田は壇上を降りると、三島の前までやって来た。にこり、
と一つ笑って、口を開く。
「主催者側として、パーティ内でのもめ事は好ましくないから
ね。」
「あッ 私は…!」
「君が悪くないのは重々承知だよ。だから、私と少しお茶でも
飲まないかい、って言おうとしたんだけど。」
「…!…」
 含みのある笑顔は、何処まで信用出来るのか分らなかったが。
「わ、分りました…じゃあ…」
 こんなチャンスは滅多にない。ホライズンの事も、クリスタ
ルネット自体の事も…彼に聞きたい事は山程ある!! これで
大きな情報を仕入れれば、次に鷲津に会った時も、門前払いを
食らう事はないッッ!!
 出された手を三島が取ると、黒田はまた、にこりと笑った。
「それでは皆様も、引き続きお楽しみ下さい! 私にも素敵な
お茶の相手が出来ましたので、そろそろ失礼致します。」
 幾らかの笑いを取りながら、黒田は三島を連れ、会場から出
て行った。

二人が出て行った扉を見ながら、いまだ幻灯機の様な照明の中
で、鷲津は、己が放心している心理に、顔の筋肉が引き攣る事
自体に、納得が出来なかった。
 やられたねー、と隣で間がケラケラと笑った。
「えーと、ほら、確かこういうのって……ぎゃふのり?」
 
 ぎゃふって何だッ!!?

 思ったが、鷲津はただ息を吐いただけだった。







posted by Team Novelize”HAGETAKA” 21:27 |-|-|pookmark





Deal 3


 24 December


 三島は、その会場の中へ入ると、息を呑んだ。
 映画でしか見た事の無い様なシャンデリアの下で、きらびや
かな衣装に身を包んだ多くの男女が、笑顔で挨拶を交わしてい
る。大きなツリーが、キラキラと輝いて…

 …まるで、外で何が起きようと、誰が死のうと、関係ない様
な笑顔だな…

 三島は思ってから、当たり前かと呟いた。
 この時期は嫌だ。 いつも自分だけ取り残される。
 仕事の事だけ考えようと思って、そういえば、と、三島は思
う。
 あの男が帰って来てから、計らずも、この日は毎年一緒だっ
た事を思い出した。
 毎年12月24日は、必ず副代表が休みを取るので、ガード
の甘くなった鷲津を追いかけ回していただけなのだが…。
 それにしたって、今年はそれも出来そうにないな、と三島が
シャンパンに溜息を吐くと、背後から声がかけられた。
「どうしました?」
「い、イエ…!ただちょっと沢山の方がいらっしゃるので…」
「ああ、人酔いですか? 結構そういう方、いらっしゃいます
からね。」
 三島にソフトドリンクを手渡して言うと、人当たりの良さそ
うなその男は、会場全体を見回した。
「あの…黒田社長、ですよね…?」
 社長と呼ばれた男は、少しの驚きを持って振り向いた。
「ここに来る人たちは、私の顔なんて覚えてないと思ったんで
すけど…」
 もしかして記者さん?と冗談めかして笑った黒田に、三島は
ぎこちない笑みを返した。

「さて、可愛いお嬢さんと話していたいのは山々ですが、挨拶
をして回らなければいけないのでね。」
 やっとの思いで三島が本題に入ろうとすると、黒田は「それ
では」と人懐こい笑顔で去った。
 いつものように追いすがる訳にも行かず、三島は上げたテン
ションのやり場無く、その背中を見送った。
 …猫の様な男だと思った。あの男とは、あまり相性は良さそ
うに無い。
 そういえば、今朝までの時点でホライズンは、クリスタルネ
ット株を、黒田氏を凌ぐ36%まで取得し、最大株主の座を手
に入れたという事だった。…ならば、この会場に鷲津政彦がい
ても…おかしくはない。
 三島は頭を素早く切り替えると、視線を巡らせた。

 眼下に輝くツリーに無感情な視線を投げてから、鷲津は向か
いの黒田へ、ファイリングされた資料を差し出した。
「ホライズンの『クリスタルネット再建計画書』です。」
「我が社には必要の無いものですね。」
「本気で仰ってるなら、今すぐ病院へ行かれた方が良い。」
 両者とも笑ってはいたが、室内温度は幾分か下がったように
感じられた。
「とにかく、本日はパーティーです。そのようなものは受け取
りません。最大株主様も、折角ですから、今日くらいお楽しみ
になられては?」
 どういう意味だ…。普段なら聞き流す事が、ヤケに癇に障っ
た。
「出会いは意外な所に転がっているものです。ここに来る前に
話した娘さんなんて可愛かったですよ? 目が大きくて… 私の
勘だとマスコミですけど。」

 鷲津の脳裏に、三島の姿が過った。

 次の瞬間に、鷲津の姿は応接室に無かった。
 ただ、そこには、呆気に取られた黒田が、取り残されていた。
 我に返って、男の残していった再建計画書を力無く持ち上げ
ると、また投げた。
「余計なお世話だ…ハゲタカが。」


 もう、あれからずっと…会場内をグルグル隈無く探したはず
なのに、鷲津政彦の影は見当たらなかった。
 おっかし〜なぁ…?そう思いながらも鷲津を探し続ける三島
に「ねぇ」と、酷く馴れ馴れしく声がかけられた。
 振り向くと、柔和そうな青年が突然手を握って懇願して来た。
「お願いですッ 今度のゲームのキャンペーンガールになって
下さいッ」
 目が点になり、思考が停止した三島に、青年は畳み掛ける。
「貴女しかいません!貴女にしか出来ない事なんですっ お願
いです!!」
 あんまり見つめられ続けられるので、三島は、もう、よく分
からなくても「良いですよ」と言ってしまいたくなった。しか
し…

「彼女はセクハラまがいのコスプレはしてくれませんよ。」

 麻痺に陥っていた脳が、全覚醒した。 …あの男の声だ。
 会場が、まるで鷲津に道を開けるように二つに割れた。男は
その間を、ゆっくり歩いて来る。

 三島は、自分の手を取っている男が誰か思い出した。
 間 祐介、オンラインゲーム配信会社社長。胡散臭いウワサ
と、女性問題が絶える事が無いという男だ…。
 三島は、少しでもこの男の言葉に、自分が動かされそうにな
った事を情けなく思った。
「放して下さい…」
「アレ彼氏?」
「違いますけどねっっ」
 力を込めて、否定した。







posted by Team Novelize”HAGETAKA” 00:00 |-|-|pookmark





Deal 2

  


ダレノタメニ 働イテイル?


 それは、酷くすみやかに彼に染み入り、その脳を揺さぶった
ようだった。
「…何…?」
 鷲津が聞き返すと、中延はその変化を読み取ったが、特に触
れる事無く言葉を続ける。
「自分の為にのみ働ける人間は稀ですから…」
 再度微笑んだ中延とは対照的に、鷲津の眉間は皺を深くした。
「…それはそうと、クリスタルネットの、クリスマスパーティー
…是非出て頂きたいと…」
 中延の静かな言葉に、鷲津は少し苦い顔をした。


 三島由香が 8期上の木場久美子に、局近くのカフェへ呼び
出されたのは、12月のある昼休みの事だった。
「三島!こっちこっち!!」
「木場センパイ!お久し振りですっ!!」
 三島が駆け寄ると、木場は「相変わらず元気ね〜」と苦笑し
た。
「それだけが取り柄ですから…」
 照れたように笑うと、三島は話を促した。
「う〜ん…今日は、ちょぉっと頼み事があってv」

 そうだろうなぁ…

 思ったが、自分もその分…いや、それ以上世話になっている
。断る気は初めから無い。
「取材とかですか?」
「うん、そうそう! ホラ、知ってるでしょ?クリスタルネッ
トって。」
 三島はその会社名に、僅か、顔色を変えた。
「社長が替わってから業績は不振続きで、唯一の黒字部門が生
命線。そこに潜って欲しいの。」
 言って、木場はプリントアウトした資料を三島に出した。
「…高所得者向け、パーティー……………………っって!!!
つまり、お見合いパーティー行けってコトですかッ!!????」
「お願いっ!!企画は通ったものの、私だとちょっと無理ある
し!! 三島ならエサとしても申し分無しっ!!」
「そんなぁッッ!!」
「それに、その会社…」

 ホライズンも仕掛けて来てるってウワサじゃない?



 木場の一言に、三島は低く唸り声を上げ、後に肩を落とした。
「アリガト! 三島のそういうトコ、大好きvv」






posted by Team Novelize”HAGETAKA” 22:19 |-|-|pookmark





Deal 1

 2001年


 それは、いつも通りのディール、だった。
「クリスタルネットは創業35年、前社長の黒田吉兼氏が43
歳の時に立ち上げ、昨今の結婚情報サービス業のひな形を築き
ました。しかし、三年前に吉兼氏は死去。経営権が息子である
専務の吉成氏に移行後は赤字が続き、右肩下がりの状況です。

「前任の副社長はどうした?」
「副社長は前社長時から変わらず、本木三郎。遺言には彼を社
長にするようにあったそうですが、慎み深いと言えば良いのか
、これを辞退。今に至ります。」
「成程な…」
「この業種は、この先の日本で大きな利益を出す事は間違いあ
りません。」
「良し…買い漁れ!!」
 会議が終わり、人が散ると、鷲津は考えるように外を見た。
背後に来た中延に、ふと、問いかける。
「創業時は女性の社会進出が活発になり始めた時期です。吉兼
氏は、いずれ来る晩婚化を予期していた。そして、それに合わ
せて事業を行った…。生きているうちに成果が見れるかどうか
も分らない、長いスパンの事業を、彼は、何故選んだんでしょ
うか…?」

 それは、まるで自問しているようだった。



 中延は軽く笑うと「私はわかる気がします」と答えた。
「それは、自分の為ではないからでしょう。家族や子供、大切
な誰かの為…。しかし、働く事や金に振り回されるうち、本当
にしたかったことを見失う事も多い…」
 じっと聞いている鷲津に、中延は返すように問いかけた。

「あなたは、誰の為に働いているのですか?」







posted by Team Novelize”HAGETAKA” 22:09comments(0)trackbacks(0)pookmark