地平の意義

「ハゲタカ」スピンアウト・ノヴェル


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Epilogue

 貴方は今まで、会社や彼の為、先代への忠義という大義で
『そこ』を選び、怠け続けた。
 自分のやるべき事を、彼に、他に押し付けて、逃げ続けた。
それが通じないと理解していながら。
 立派な背任罪だ。

 あなたには義務がある。

 才能もカリスマ性も要らない。ただ、今まで培った経営の知
識を全て注いで『後継者』を育成して下さい。



 クリスタルネットの社長解任劇は、一夜にして世間の知る所
となった。
 下克上だ反乱だと騒ぎ立てるメディアと社内を見渡しながら、
本木は、確かに鷲津の言う通りだと悔しくも感じた。
「先日にはホライズンに株を買い占められていますよねッ!?
何か関係があるんですかッ??」
「その件と今回の事は全く関連はありません…」
 本社に帰ると、すぐにゴマ擂り連中がよって来る。
「やぁ、やっぱり様になるねぇ〜」
「初めからキミがやるべきだったんだよ。」
「あんなボンクラにゃあ、大体出来るワケが無いかったんだよ
なぁ!」
 どんな言葉にも唇を強く結び、本木は何も言わなかった。


 そうだ。確かに怠け過ぎた。思ったよりもずっと腐っていた。
 …この膿を出し切らなければ、先には進めない。


「お目出度うございます。」
 一晩でやつれ果てた黒田の前で車を降りると、鷲津はそう言
い放った。
「これで、会社は、本当の意味で新しく生まれ変わる事が出来
る。あなたが なあなあで片付けていた事も、見ないフリをし
ていた事も、本木さんが今度こそ全部キレイにしてくれるでし
ょう。…いいですね。その年でおんぶにだっこしてくれる人が
いるなんて。」
 目を逸らした黒田に構わず、鷲津は続ける。
「あなたは、どうするんですか? 手元に残ったお金で、これ
からは気侭に暮らしますか?」
 黒田は卑屈そうに少し顔を歪めると、諦めたように「放っと
いてくれ」と洩らした。
「あんたはウチ…クリスタルの株が上がれば良いんだろ? 僕
の解任で、素人投資家が売りに出して、値は下がったように見
えるけど、これは後から確実に上がる。計算通りだろ? 今が
買いってコトだ。ああ、僕も一口買っておこう!!」
「何故、確実に『上がる』と言い切れるのですか?」
「本木さんの経営で、会社は立ち直っていくからだよ。」
「自分の役目は終わった、とでも言いたげですが …あなた、
本気であの老人が、この先、会社を仕切っていけるとでも?」
「ッ!?」

「年齢的にも社内改革は相当ハードだし、何よりあの人は、参
謀向きだ。華やかなあなたのパーティーで掴んだお客が離れて、
別の客層が付く見込みがあるかと言うと、そうでも無い…」
「待てッ!じゃあどうして…ッ??」
「私は株主として、やるべき事をやって欲しい、とお願いした
だけです。」
「…何で…」
 戸惑い呟く黒田に、鷲津は一言残して去った。

 彼の再生計画は、あなたを抜いて考えられていないからです。



「何だかスゴい事になっちゃったね…」
 唯の病室の花を替えながら、三島が遠慮がちに言った。
「…でも、もう関係ありませんから。」
「ヘッ!?え??」
「三島さんにもお世話かけて本当にすいませんでした。」
 ペコリ、と頭を下げられ、三島は何をどう言ったものか戸惑
ったが 咄嗟に出たのは。

 ダメだよッ!!

「あの人、全然真面目に話しないし、茶化すし、目の奥は真っ
暗だし……だけど、唯ちゃんの事聞いた時だけは、真面目で全
力で、とにかく凄かったものッッ!! だから…!!」

 そんな事言わないで、と三島が悲しげな声で言うと、唯は少
し考えてから、しかし首を振った。
「酷い事を言いました。もう来る筈ありません…」
 俯く唯の頭を、三島は優しく撫でた。


 昨日と同じように、病室が夕日で朱に染まる。
 丁度、昨日のこの時間、目を覚ましたのだと唯は思う。
 昨日と同じだ。昨日と同じ。只一つの相違点など、有っても
無くても関係無いのだ。
 そう思おうとした時、無機質なドアが開いて人影が覗いた。
「無職になっちゃった…」
 どんな顔をすればいいのか分らないらしく、男の顔は取り敢
えず笑う。
 一瞬驚いてから、唯は小さく溜息を吐いた。
「ニュースで見ました…」
「じゃあお婿さんにして? 持参金はまだ結構あるよ(笑)」
 自分の手を取り言う黒田を、唯は真っ直ぐ見つめた。
「…これが終わりで、良いんですか?」
「君が言うかい…(笑)良いんだ…僕の力が足りなくて、こう
なったんだから。」

 彼の再生計画は…

「でも…」
「待たれているんじゃないんですか?」
 先を制した唯の言葉に、黒田は黙って頷く。
「再生計画は…僕を抜いて考えられてないんだ…」

 …でも、自信が無い…

 下を向いた男に、唯は静かに言った。
「その人は、何の為に『そこ』を選んだんですか?」

 あなたは、何をしたかったんですか?

 言葉に顔を上げると、少ししてから、黒田はいじけたような
表情で。
「普通は甘えさせてくれるモンだよ? 君はいっつも厳しすぎ
るよ!」
 言うと、溜息と共に、黒田は椅子から立ち上がった。

「あ、父親としての認知はしてよね(笑)」




 自分が今、したい事…するべき事… か。
 結局は此所に帰るのか、と素直に笑いが込み上げた。

「社長に会わせて下さい。」




「へェ〜〜…あの社長、社長補佐だって。それって副社とどっ
ちがエラいの??」
「クリスタルからは副社長というポストが無くなりました。比
べるなら、同程度の肩書きでしょう。」
「アンタも一枚噛んでんの? 一ヶ月以上経ってから、こんな
人事おかしいじゃん。」
「……………………」
 間の持ちかけた買収話は、思わぬ大口スポンサーが付いたお
陰で、描いた絵図共々現実味を帯びて来ていた。
 傍から見れば、彼等は買収先のスポンサーに『身売り』『出
稼ぎ』して、その金で会社を立て直そうとしている、なんとも
近年稀な若者達に見えるだろう。
 そう伝えると間は、心底嫌そうな声を出した。そんな美談は
うすら寒いと。
 鷲津は少し口の端を上げた。
 彼が会社を去るその日、どんな事を話すのか少し興味が湧い
た。
 いや、もしや、去ってから先に彼等は経営者となっていくの
かも知れない…。
「おぉ〜〜っ 社長補佐早速お騒がせ、隠し子発覚!?だって。
いそうだよなぁ…5、6人。」
(!? 5、6分の1だった?? 有り得なくもない…)
「おぉ! やる事やってんじゃん!」
(今度は何だ…。)
「病院から出て来る鷲津政彦とT局女子アナ!! 行き先は産婦
人科か!?だって!!」
「///…ッ!??…///」
「なに?ハゲタカ二世?(笑)俺的には女の子が良いけど!!
即売っちゃうよ会社!!(爆笑)」

 …コイツのワンセグ粉砕してぇ…

 鷲津の頬が痙攣する直前、彼の携帯が鳴った。ウワサの女子
アナからだ。
 自然、応対は不機嫌になったが…
「あ、鷲津さんッ! あの子の名前決まったんですってッッッ
!!!」
 鼓膜を破らんとする大声の報告は、危機回避の本能で耳から
遠く離された。
「…別に、私には関係無い話のように思えますが。」
「それがそうじゃないんですよ…! だってその子、」

 自由の由に彦で、ヨシヒコっていう名前にしたって…

「黒田さんが…」
 語尾には、彼女自身の何とも言えない戸惑いも感じ取り、鷲
津は短く息を吐いた。
「彼はそれで良いのでしょうかね。」
 お愛想程度に言えば、ヨシの読みが入ってるから良いらしい
ですよ、と生真面目な答えが返って来る。
 そして何やら言い難そうに、
「それより黒田さん、最後まで彦って付けるの嫌がったみたい
ですよ…」
 ぼそり、と言われて何だか腹が立った。
 こっちこそ願い下げだ!と思ったが…
「しかし、あの女性(ひと)は良い名前を付けましたね。きっ
と父親には似ない事でしょう。」
 ぐっと堪えて、思い切り爽やかな声で通話を終えた。 

 

 何ノ為ニ? 誰ノ為ニ?


 答えは見え難いけれど、
 もしかして見えないものかもしれないけれど、
 きっとそれは大切なんだ。
 きっと皆にあるものなんだ。
 だから、見失わないで…






「今の電話ってユカタン?」
(ユカタンって何だッ…!?)

 思わず携帯を握り潰しそうになったのは秘密、の鷲津政彦。


(「地平の意義」終 )







posted by Team Novelize”HAGETAKA” 00:37 |-|-|pookmark