地平の意義

「ハゲタカ」スピンアウト・ノヴェル


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Deal 10

 静かになると、鷲津は徐に腕時計を見た。
「では失礼。」
「!? 居てあげないんですかっ??」
「!? そんな義理も時間も無い。第一、父親?が付き添って
るだろう?」
 鷲津の言葉は正論だったが、三島の不安も何処か分るような
気がした。
「取り敢えず言える事は、俺達が居ても、邪魔で無意味なだけ
だ。…その分、自分の出来る事をやった方が良い。」
 言うとそのまま、鷲津は出口へと向かった。数歩後ろを、力
無く付いて来るヒールの足音が続いた。
「……。君は、目の前に苦しむ人に捕らわれているだけだ。」


 …世の中は、君にしか救えない人間が溢れているというのに…

 飲んだ言葉は、すぐ溜息となって吐き出された。



 彼女の気持ちが、黒田には推し量れなかった。
 分娩室前の長椅子に腰掛けている自分にも変な感じがした。
 大体、突然別れ話を押し付けて消えたのは向こうだ…そう思っ
てから、その時既に、彼女が身籠っていた事に思い至る。
 あちらこちらから様々な感情の波が寄せ、思考の坩堝に呑ま
れる。

 …あまり、こういうのは得意じゃないのに…

 結局男は、産声が聞こえるまで其所にいた。



 クリスタルネット本社ビルを訪れた鷲津はすぐに、落ち着き
無く怒号を飛ばす本木に会った。
「何かありましたか?」
「あ、あなたには関係ない…」
「…社長が、消えたとか。」
「!!」
 本木が表情を強ばらせると、鷲津は「何処に居るか知ってま
すよ」と足した。
「…! 何処にッ!?」
「あの人がいなくても、会社は立派にまわるでしょう?」
「……あんた、何言いたいんだ……っ?」

 あなたが社長をやって下さい。当初の通り。



 もう大分な時間が経った事は、空の色を見れば理解出来た。
 自分は何故いまだ、此所に居るのだろうか。
 切ったままの携帯を眺めてまた考え始めると、彼女が目覚め
る気配がした。
「…やぁ、お目覚め?」
「…!? どうしてっ??」
 有り得ないものを見る様な目に、黒田は「僕も良く分からな
い」と思わず苦笑した。


「看護士さんを呼んで来てあげるよ。」
「あの…!」
「もう、あの…来ないで下さい、二度と…」
「…呼んでおいて また同じ事言うなんて、芸無いね。…それ
より、あの子の名前でも考えようか。」
「…それも要りません…」
 此処に運んでくれた方達から、御迷惑でなければ文字を頂け
ればと思っているんです…唯がそう言うと、黒田は穏やかな顔
のまま、静止した。
「それより、何で此所に居るんですか?」
「それは、君を運んだ三島さんから…」
「そうやって、何時間も其所に座っていたんですか…?」


 戻って下さい。そして、もう来ないで下さい。
 会いに行ったのは、私のただの迷いです。…すいませんでした。


 頭を下げて上げない唯を、黒田は暫く眺め…漸く、自分がい
る限り、彼女は二度と顔を上げないのだと理解するまでには、
少し時間がかかった。





「…ある青年と話しました。自分の会社を買収してくれと言う
んです。」
 鷲津の言葉を、本木は硬い表情を崩さずに聞いた。
「彼は雇われ社長みたいなものでね。仕事に口を出されるのが
イヤで、もっと条件の良いパトロンをつかまえようという事ら
しいんですが…」
 元木の目にやや侮蔑の表情が浮かぶ。鷲津は咽の奥で笑って
話を続けた。
「その社長、もう一つ、会社の『再生』も 私に頼んで来たん
ですよ。金は出すからと。…変わり者でしょう?社員には、と
ばっちりを受けさせたくないようでしてね。」
「…何を言いたいんだ?」

 自分の出来る事、やるべき事を、しっかりやって頂きたいん
ですよ。…貴方にも、彼にも。



 おぼつかない足取りで本社ビルに帰った黒田を、本木が無表
情で出迎えた。
「!」
「体調が悪そうだったので、私が強引に病院で検査して来るよ
うに勧めた事になっています。すぐに取締役会になります。準
備して下さい。」
 数時間、携帯も切って何処に行っていたか、一言も聞かず、
ましてや咎めもしない本木に、ぼんやりと、しかしはっきり、
先刻焼き込まれた烙印が上からまた再度押されるのを感じた。
 自分の意義など、何処に存在するのだろうか…
 酷く虚ろな表情で黒田が椅子に腰を掛けると、すぐ本木が挙
手をした。
 議長役の常務に名前を呼ばれると、本木は徐に立ち上がり、
黒田を真っ直ぐ見据えた。


 「社長解任動議を、提出します。」


 驚いたのは、自分以外のその場の人間が、全くその言葉に動
じていない事だった。

 分っていた事を、わざわざ今日、こんな形で思い知らされる
とは…。
 暫し呆然と本木を見返すと、クッとひとつ笑い、黒田は会議
室を出て行った。

 もう、本当に全て失ったのだと……思った。






posted by Team Novelize”HAGETAKA” 22:29 |-|-|pookmark