地平の意義

「ハゲタカ」スピンアウト・ノヴェル





Epilogue

 貴方は今まで、会社や彼の為、先代への忠義という大義で
『そこ』を選び、怠け続けた。
 自分のやるべき事を、彼に、他に押し付けて、逃げ続けた。
それが通じないと理解していながら。
 立派な背任罪だ。

 あなたには義務がある。

 才能もカリスマ性も要らない。ただ、今まで培った経営の知
識を全て注いで『後継者』を育成して下さい。



 クリスタルネットの社長解任劇は、一夜にして世間の知る所
となった。
 下克上だ反乱だと騒ぎ立てるメディアと社内を見渡しながら、
本木は、確かに鷲津の言う通りだと悔しくも感じた。
「先日にはホライズンに株を買い占められていますよねッ!?
何か関係があるんですかッ??」
「その件と今回の事は全く関連はありません…」
 本社に帰ると、すぐにゴマ擂り連中がよって来る。
「やぁ、やっぱり様になるねぇ〜」
「初めからキミがやるべきだったんだよ。」
「あんなボンクラにゃあ、大体出来るワケが無いかったんだよ
なぁ!」
 どんな言葉にも唇を強く結び、本木は何も言わなかった。


 そうだ。確かに怠け過ぎた。思ったよりもずっと腐っていた。
 …この膿を出し切らなければ、先には進めない。


「お目出度うございます。」
 一晩でやつれ果てた黒田の前で車を降りると、鷲津はそう言
い放った。
「これで、会社は、本当の意味で新しく生まれ変わる事が出来
る。あなたが なあなあで片付けていた事も、見ないフリをし
ていた事も、本木さんが今度こそ全部キレイにしてくれるでし
ょう。…いいですね。その年でおんぶにだっこしてくれる人が
いるなんて。」
 目を逸らした黒田に構わず、鷲津は続ける。
「あなたは、どうするんですか? 手元に残ったお金で、これ
からは気侭に暮らしますか?」
 黒田は卑屈そうに少し顔を歪めると、諦めたように「放っと
いてくれ」と洩らした。
「あんたはウチ…クリスタルの株が上がれば良いんだろ? 僕
の解任で、素人投資家が売りに出して、値は下がったように見
えるけど、これは後から確実に上がる。計算通りだろ? 今が
買いってコトだ。ああ、僕も一口買っておこう!!」
「何故、確実に『上がる』と言い切れるのですか?」
「本木さんの経営で、会社は立ち直っていくからだよ。」
「自分の役目は終わった、とでも言いたげですが …あなた、
本気であの老人が、この先、会社を仕切っていけるとでも?」
「ッ!?」

「年齢的にも社内改革は相当ハードだし、何よりあの人は、参
謀向きだ。華やかなあなたのパーティーで掴んだお客が離れて、
別の客層が付く見込みがあるかと言うと、そうでも無い…」
「待てッ!じゃあどうして…ッ??」
「私は株主として、やるべき事をやって欲しい、とお願いした
だけです。」
「…何で…」
 戸惑い呟く黒田に、鷲津は一言残して去った。

 彼の再生計画は、あなたを抜いて考えられていないからです。



「何だかスゴい事になっちゃったね…」
 唯の病室の花を替えながら、三島が遠慮がちに言った。
「…でも、もう関係ありませんから。」
「ヘッ!?え??」
「三島さんにもお世話かけて本当にすいませんでした。」
 ペコリ、と頭を下げられ、三島は何をどう言ったものか戸惑
ったが 咄嗟に出たのは。

 ダメだよッ!!

「あの人、全然真面目に話しないし、茶化すし、目の奥は真っ
暗だし……だけど、唯ちゃんの事聞いた時だけは、真面目で全
力で、とにかく凄かったものッッ!! だから…!!」

 そんな事言わないで、と三島が悲しげな声で言うと、唯は少
し考えてから、しかし首を振った。
「酷い事を言いました。もう来る筈ありません…」
 俯く唯の頭を、三島は優しく撫でた。


 昨日と同じように、病室が夕日で朱に染まる。
 丁度、昨日のこの時間、目を覚ましたのだと唯は思う。
 昨日と同じだ。昨日と同じ。只一つの相違点など、有っても
無くても関係無いのだ。
 そう思おうとした時、無機質なドアが開いて人影が覗いた。
「無職になっちゃった…」
 どんな顔をすればいいのか分らないらしく、男の顔は取り敢
えず笑う。
 一瞬驚いてから、唯は小さく溜息を吐いた。
「ニュースで見ました…」
「じゃあお婿さんにして? 持参金はまだ結構あるよ(笑)」
 自分の手を取り言う黒田を、唯は真っ直ぐ見つめた。
「…これが終わりで、良いんですか?」
「君が言うかい…(笑)良いんだ…僕の力が足りなくて、こう
なったんだから。」

 彼の再生計画は…

「でも…」
「待たれているんじゃないんですか?」
 先を制した唯の言葉に、黒田は黙って頷く。
「再生計画は…僕を抜いて考えられてないんだ…」

 …でも、自信が無い…

 下を向いた男に、唯は静かに言った。
「その人は、何の為に『そこ』を選んだんですか?」

 あなたは、何をしたかったんですか?

 言葉に顔を上げると、少ししてから、黒田はいじけたような
表情で。
「普通は甘えさせてくれるモンだよ? 君はいっつも厳しすぎ
るよ!」
 言うと、溜息と共に、黒田は椅子から立ち上がった。

「あ、父親としての認知はしてよね(笑)」




 自分が今、したい事…するべき事… か。
 結局は此所に帰るのか、と素直に笑いが込み上げた。

「社長に会わせて下さい。」




「へェ〜〜…あの社長、社長補佐だって。それって副社とどっ
ちがエラいの??」
「クリスタルからは副社長というポストが無くなりました。比
べるなら、同程度の肩書きでしょう。」
「アンタも一枚噛んでんの? 一ヶ月以上経ってから、こんな
人事おかしいじゃん。」
「……………………」
 間の持ちかけた買収話は、思わぬ大口スポンサーが付いたお
陰で、描いた絵図共々現実味を帯びて来ていた。
 傍から見れば、彼等は買収先のスポンサーに『身売り』『出
稼ぎ』して、その金で会社を立て直そうとしている、なんとも
近年稀な若者達に見えるだろう。
 そう伝えると間は、心底嫌そうな声を出した。そんな美談は
うすら寒いと。
 鷲津は少し口の端を上げた。
 彼が会社を去るその日、どんな事を話すのか少し興味が湧い
た。
 いや、もしや、去ってから先に彼等は経営者となっていくの
かも知れない…。
「おぉ〜〜っ 社長補佐早速お騒がせ、隠し子発覚!?だって。
いそうだよなぁ…5、6人。」
(!? 5、6分の1だった?? 有り得なくもない…)
「おぉ! やる事やってんじゃん!」
(今度は何だ…。)
「病院から出て来る鷲津政彦とT局女子アナ!! 行き先は産婦
人科か!?だって!!」
「///…ッ!??…///」
「なに?ハゲタカ二世?(笑)俺的には女の子が良いけど!!
即売っちゃうよ会社!!(爆笑)」

 …コイツのワンセグ粉砕してぇ…

 鷲津の頬が痙攣する直前、彼の携帯が鳴った。ウワサの女子
アナからだ。
 自然、応対は不機嫌になったが…
「あ、鷲津さんッ! あの子の名前決まったんですってッッッ
!!!」
 鼓膜を破らんとする大声の報告は、危機回避の本能で耳から
遠く離された。
「…別に、私には関係無い話のように思えますが。」
「それがそうじゃないんですよ…! だってその子、」

 自由の由に彦で、ヨシヒコっていう名前にしたって…

「黒田さんが…」
 語尾には、彼女自身の何とも言えない戸惑いも感じ取り、鷲
津は短く息を吐いた。
「彼はそれで良いのでしょうかね。」
 お愛想程度に言えば、ヨシの読みが入ってるから良いらしい
ですよ、と生真面目な答えが返って来る。
 そして何やら言い難そうに、
「それより黒田さん、最後まで彦って付けるの嫌がったみたい
ですよ…」
 ぼそり、と言われて何だか腹が立った。
 こっちこそ願い下げだ!と思ったが…
「しかし、あの女性(ひと)は良い名前を付けましたね。きっ
と父親には似ない事でしょう。」
 ぐっと堪えて、思い切り爽やかな声で通話を終えた。 

 

 何ノ為ニ? 誰ノ為ニ?


 答えは見え難いけれど、
 もしかして見えないものかもしれないけれど、
 きっとそれは大切なんだ。
 きっと皆にあるものなんだ。
 だから、見失わないで…






「今の電話ってユカタン?」
(ユカタンって何だッ…!?)

 思わず携帯を握り潰しそうになったのは秘密、の鷲津政彦。


(「地平の意義」終 )







posted by Team Novelize”HAGETAKA” 00:37 |-|-|pookmark





Deal 10

 静かになると、鷲津は徐に腕時計を見た。
「では失礼。」
「!? 居てあげないんですかっ??」
「!? そんな義理も時間も無い。第一、父親?が付き添って
るだろう?」
 鷲津の言葉は正論だったが、三島の不安も何処か分るような
気がした。
「取り敢えず言える事は、俺達が居ても、邪魔で無意味なだけ
だ。…その分、自分の出来る事をやった方が良い。」
 言うとそのまま、鷲津は出口へと向かった。数歩後ろを、力
無く付いて来るヒールの足音が続いた。
「……。君は、目の前に苦しむ人に捕らわれているだけだ。」


 …世の中は、君にしか救えない人間が溢れているというのに…

 飲んだ言葉は、すぐ溜息となって吐き出された。



 彼女の気持ちが、黒田には推し量れなかった。
 分娩室前の長椅子に腰掛けている自分にも変な感じがした。
 大体、突然別れ話を押し付けて消えたのは向こうだ…そう思っ
てから、その時既に、彼女が身籠っていた事に思い至る。
 あちらこちらから様々な感情の波が寄せ、思考の坩堝に呑ま
れる。

 …あまり、こういうのは得意じゃないのに…

 結局男は、産声が聞こえるまで其所にいた。



 クリスタルネット本社ビルを訪れた鷲津はすぐに、落ち着き
無く怒号を飛ばす本木に会った。
「何かありましたか?」
「あ、あなたには関係ない…」
「…社長が、消えたとか。」
「!!」
 本木が表情を強ばらせると、鷲津は「何処に居るか知ってま
すよ」と足した。
「…! 何処にッ!?」
「あの人がいなくても、会社は立派にまわるでしょう?」
「……あんた、何言いたいんだ……っ?」

 あなたが社長をやって下さい。当初の通り。



 もう大分な時間が経った事は、空の色を見れば理解出来た。
 自分は何故いまだ、此所に居るのだろうか。
 切ったままの携帯を眺めてまた考え始めると、彼女が目覚め
る気配がした。
「…やぁ、お目覚め?」
「…!? どうしてっ??」
 有り得ないものを見る様な目に、黒田は「僕も良く分からな
い」と思わず苦笑した。


「看護士さんを呼んで来てあげるよ。」
「あの…!」
「もう、あの…来ないで下さい、二度と…」
「…呼んでおいて また同じ事言うなんて、芸無いね。…それ
より、あの子の名前でも考えようか。」
「…それも要りません…」
 此処に運んでくれた方達から、御迷惑でなければ文字を頂け
ればと思っているんです…唯がそう言うと、黒田は穏やかな顔
のまま、静止した。
「それより、何で此所に居るんですか?」
「それは、君を運んだ三島さんから…」
「そうやって、何時間も其所に座っていたんですか…?」


 戻って下さい。そして、もう来ないで下さい。
 会いに行ったのは、私のただの迷いです。…すいませんでした。


 頭を下げて上げない唯を、黒田は暫く眺め…漸く、自分がい
る限り、彼女は二度と顔を上げないのだと理解するまでには、
少し時間がかかった。





「…ある青年と話しました。自分の会社を買収してくれと言う
んです。」
 鷲津の言葉を、本木は硬い表情を崩さずに聞いた。
「彼は雇われ社長みたいなものでね。仕事に口を出されるのが
イヤで、もっと条件の良いパトロンをつかまえようという事ら
しいんですが…」
 元木の目にやや侮蔑の表情が浮かぶ。鷲津は咽の奥で笑って
話を続けた。
「その社長、もう一つ、会社の『再生』も 私に頼んで来たん
ですよ。金は出すからと。…変わり者でしょう?社員には、と
ばっちりを受けさせたくないようでしてね。」
「…何を言いたいんだ?」

 自分の出来る事、やるべき事を、しっかりやって頂きたいん
ですよ。…貴方にも、彼にも。



 おぼつかない足取りで本社ビルに帰った黒田を、本木が無表
情で出迎えた。
「!」
「体調が悪そうだったので、私が強引に病院で検査して来るよ
うに勧めた事になっています。すぐに取締役会になります。準
備して下さい。」
 数時間、携帯も切って何処に行っていたか、一言も聞かず、
ましてや咎めもしない本木に、ぼんやりと、しかしはっきり、
先刻焼き込まれた烙印が上からまた再度押されるのを感じた。
 自分の意義など、何処に存在するのだろうか…
 酷く虚ろな表情で黒田が椅子に腰を掛けると、すぐ本木が挙
手をした。
 議長役の常務に名前を呼ばれると、本木は徐に立ち上がり、
黒田を真っ直ぐ見据えた。


 「社長解任動議を、提出します。」


 驚いたのは、自分以外のその場の人間が、全くその言葉に動
じていない事だった。

 分っていた事を、わざわざ今日、こんな形で思い知らされる
とは…。
 暫し呆然と本木を見返すと、クッとひとつ笑い、黒田は会議
室を出て行った。

 もう、本当に全て失ったのだと……思った。






posted by Team Novelize”HAGETAKA” 22:29 |-|-|pookmark





Deal 9


 縋り付く様な手に、三島はどうすれば良いのか分らず慌てた。
その後ろから、聞き覚えのある声がかかった。
「どうしたっ?」
 振り向くと鷲津が立っていた。

 何が何だか分らない。

「び、病院に連れてって下さいッ…!」
 説明の仕様もなかったが、聞くとすぐ、鷲津は三島達をまと
めて車に乗せた。



「彼女…何なんだ。」
 バックミラー越しに三島の気遣う妊婦をチラリと見て鷲津が
言った。
「…分りません。」
 鏡に男の怪訝な表情が写る。
「でも…」
 そこで言葉を切って、三島は鷲津の背を見た。
 それ以上を、言葉にはしなかった。


 彼女はそのまま、運んだ先に入院した。
 ご家族の方ですか、と 聞こうとした看護士が、振り向いた
鷲津と三島に驚き恐縮して去って行く。
「…いい迷惑だ。」
 大きな溜息を吐いて鷲津がそう言うと、三島は肩を小さくし
て消える様な声で謝った。それを見ながら、鷲津は間をおいて、
もう一つ息を吐いた。
「……別に良い。君が私に頼るなんて余程だ。」
 そう言うと、男は立ち去った。
 ひとり病院の廊下で、三島はそこに掛けられた表札を眺めた。

 マスダ ユイ




 翌日、午後一番で三島は黒田を訪ねた。
「昨日の今日で話す事なんて無いけどなぁ(笑)」
「私には出来たんです。」
 どうかお手柔らかに、とふざける黒田に、構わず直球で「マ
スダ ユイさん て知ってますか?」と聞く。
 瞬間、顔色の変わった男の手を取ると、三島はぐっとそれを
引き寄せた。
「な、何…!?」
「インタビュー場所、移って良いですか?」
 有無を言わせないその眼力に、黒田は大人しく頷いた。


 スケジュールにぽっかりと時間が空いた。
 いつもなら他の予定を詰め込む所だが、鷲津は何故か病院に
向かっていた。
 近くで降りて、車を返す。
 何故来たんだと自問して溜息を吐くと、昨日の妊婦が何やら
慌てて何処かに運ばれて行くのが見えた。
「あ!鷲津さんッ」
 昨日の看護士が自分を見つけて駆け寄って来る。
「アノ、アノ!お腹の子のお父様じゃ…」
「ありません。通りすがりで運んだだけです。」
「じゃあ三島さんは…!?」
「彼女も知らないんじゃないですか?」
 努めて冷静に返って来る鷲津の答えに、看護士はもどかしそ
うに顔を歪めた。が、その時。
「早く来て下さいってば!」
「痛いよ!」
 辛気臭い病院の廊下に、不釣り合いな華を持つ男女が現れた。
 まるで駄々を捏ねる様なひょろりとした男をやっと連れて来
ると、三島は一つ息を吐いて病室を指した。
「さぁ!行って下さい!!」
「何で鷲津さんがいるんですか?」
「話逸らさないッ」
「……話は特に聞きたくないが、彼女ならさっき運ばれたぞ。」
「あ、そ、そうなんですッ! 出産が早まったみたいで分娩室
に!!」
 聞くや、黒田は看護士の手を両手で取ってその場所を聞いた。
「あ…そこ真っ直ぐ行って、突き当たったらずっと右…」
「有り難うございます。貴女に良い出会いがありますようにv」

 疾風の如く駆けて行く男の背に、名残惜しげに視線を投げる
看護士を見て、三島は「さすが…」と思わず洩らした。鷲津は、
どこまでも好かない男だと思いながら、何処かにあんな感じ
の部長がいたなと思い出していた。







posted by Team Novelize”HAGETAKA” 02:09 |-|-|pookmark





Deal 8



「SENJU(センジュ)と言えば、近年はネットゲーム…元は家
庭用遊具の大手として、サンデーと並んだ企業だ…。そこの社
長が、どうしてそんな事を?」
「本気で言ってんのッ??」
 鷲津の問いに、間は吹き出すように笑った。
「その『近年』ってのが、センジュの連中が金で契約した『俺
ら』のモン! 初めは、金出してくれて、好きなモン作れんだ
ったら良いなーとか思って契約したんだけど、これが、品位が
どーのとか、コスト的にーとか、挙句この頃は、出しても売れ
ないんじゃ?とか爺共言い始めてさ…」
「だから、買収に乗じて契約を切り、金だけはたっぷりくれる
、理解ある後盾を得ようと?」
「ま、そんな感じかな♪」

  ナメてんのか。

 思ったが、次の言葉に、鷲津はふと。
「あと、会社を『再生』して欲しいと思ったんだよ。俺達に金
を割いた所為で、ワリ食っちゃったのはずっと働いてた人等だ
からさ。俺等がいなくなっても、赤字は残るっしょ?」
「むしろ、多くなるばかりでしょうね。付け焼き刃の転換など
何の意味も無い。」
「だから再生してくれって頼んでんじゃん。 あそこに働いて
る人等は、自分の作るモノに誇り持ってんだよ?」
 暫く沈黙した。窓の外には、人の営みを示す灯りが無数に輝
き、移動する。


 この中の、どれ程の人間が…

「『買収』の件は、考えておきましょう。もう一件に関しては
、返事はしかねます。」
「アンタに頼むのもお門違いなんだろうけどさ!」
 間はまた、からりと笑った。
「俺達は、好きなモンを好きなだけ作れればシアワセなんだ。
でも、だからって、俺等が消えた後、会社がどうなっても良い
とは思わない…。頼むから、あの会社『本当に』立て直してく
れよ!」
 全く『人にものを頼む』という態度ではなかったが、不思議
とその言葉は、彼を社長たらしめた。
「…約束は出来ません。」
「金なら、俺等が全部払うよ。俺達は『ココ』があれば生きて
行けるから。」
 頭部を指して青年は笑った。

 金に興味は無い。でも金がなきゃ好きなモノは作れない。だ
ったら金のある所にいけば良い。
 でも金に興味は無い。貯まっていくだけのモノなら、惜しみ
なく知った現実にばら撒こう。

 どこかで見た様な、聞いた様な話だと思い、鷲津は踵を返し
た。すると…
「そういえば あの娘、ヤバくないの?」
 背越しの問い掛けに、一瞬立ち止まると、男は無言のまま早
足になって去って行った。
 

「本当に、今日はどうも有り難うございました…」
「私も楽しかったですよ。」
 お世辞ですけどね、とエレベーターを待ちながら黒田が付け
足すと、三島は少し困った顔をした。
「…スイマセン…生意気な口を…」
「良いですよ。あんなにハッキリ言ってくれる人間は社内にい
ない。…それがもう、一種のサインなんでしょうね。」
 淡々と喋る男の瞳からは、結局、最後まであの暗さが拭えな
かった。
「…今度は、正式にインタビューをお願いしても?」
「モチロン。貴女の頼みなら何時でもお受けしますよ!」
 そう言いながら、黒田は三島だけを乗せると、エレベーター
を閉めた。

 その笑顔を、もう脱ぐ事は出来ないのだろうか…

 地上へ近付きながら、目に焼き付いたそれに、三島は思いを
馳せた。
 笑顔を失った男が、何故か重なった。




 三島を見送ると、黒田は力無い息を吐いた。その瞬間、真後
ろのエレベーターで到着の音が鳴る。
 内心かなり驚いて振り向くと、何故か鷲津が立っていて二重
に驚く。
「あ…何か?」
「忘れ物をしまして。」
 そう言いながら、自分とその周囲にしか注意を払わない鷲津
に、黒田はすぐ『忘れ物』を理解した。
「ああ、彼女ならさっき、そこのエレベーターで…入れ違いで
したよ。」
「エスコート不足じゃないですか…?」
 吐き捨てるように言うと、鷲津は再度エレベーターで下って
行った。
 黒田は、また呆気に取られた。

 このビルの外は人通りもあるし、車だってすぐ拾えるのに…

 どういう訳だか、あのハゲタカが、あんな娘一人に必死にな
ってるなんて。
 どうにも可笑しくて、黒田は一人で腹を抱えた。
 笑うだけ笑ってから、ふと、夜景を眺めた。



 三島は溜息を吐きながら、クリスタルネット本社ロビーを出
口へ向かった。
 今日聞いた事では記事としての力が無い。もう一度黒田にイ
ンタビューを申し込まなくては…いけないが、あの感じだと完
璧に嫌われた…あ、頼まれた記事も書かなきゃ…
 眉間に皺を寄せ回転ドアを出るとすぐ、三島は垣根に座り込
んだ人影に気付いた。

 病人ッ!??

 考えていた事は全て飛び、駆け寄ると、それが身重の女性だ
と分る。
「と、とにかく救急車ッ」
 自分の鞄を慌てて漁る三島の袖を掴むと『彼女』は振り絞る
ように言った。
「黒田さんて…いますか?」






posted by Team Novelize”HAGETAKA” 03:24 |-|-|pookmark





Deal 7

 会場に戻ると、鷲津はもう一度、本木の隣に立った。
「再建計画書を社長に渡しておきました。目を通しておいて下
さい。」
「…わ、私達はっ…」
「これは『検討してくれ』と言っているのではありません。た
だの通達ですから。」
「な… 最大株主になったかも知れないが、まだ取得率は…」
 本木が眼を剥くと、鷲津の携帯が計った様に鳴った。軽く相
槌を打つと、電話を切る。
「50、超えましたよ。」
「!?」
 株が半数以上取得されるという事は、そのまま内部からの流
出を意味していた。


 廊下へ出ると、今度こそ本物の『50%越え』の電話が入っ
た。
『取り敢えず今日の mission は complete ですね!』
 電話口から聞こえるアランの声に、鷲津は何も答えなかった。


 何ノ為ニ働クノカ?


 中延との先日の会話が、ふと頭をよぎった時、背後から声が
かけられた。
「へぇー。そんな小細工だったんだ!」
 あくまで悪気の無い声は、先程聞いたそれだと思い到る。
「何か御用ですか、間さん。」

 鷲津が振り向くと、呼ばれた男はへらりと笑った。
「あのさ、ウチの会社、買収してよ。」
 青年の申し入れに、鷲津は僅か、眉を動かした。






posted by Team Novelize”HAGETAKA” 02:32 |-|-|pookmark





Deal 6

 

その日の事は、途切れ途切れで覚えている。




 ーー 三年前 1998年 ーー




「吉成君っ…!!」

 朝、いつも通り気楽に出社して来ると、本木が形相を変えて
縋り付いて来た。
「なに叔父さん…てか、吉成クンてやめ…」
「社長がッ!お父さんがッッ!!」
 頭の中が、真っ白になっていくのを感じた。


 気が付くと病院の椅子に座っていた。
 小さな機械音は、16時間後に平坦に鳴った。

 実感が湧かなかった。何も。

 本木を見上げた。この男もまた、自分と同じだ…
 目が合って、開口一番、男が言った。
「…引き…継ぎを…しなくては…」
 良い悪いではない。自分達はそういう場所に生きている。
…悲しむのなんて二の次だった。

 役員会の準備によろよろと向かう本木の背中を眺めた。
 あの時、やけに心は静まっていて、悟りを開くってこんな感
じだろうかとぼんやり思った。
 だが、それも全てが始まるまでの、最後の平安。

 事前に聞かされていた通り、遺言には、経営権の副社長への
譲渡が記されていた。だが…

「私は…辞退致します。」

 たった一言で、場は騒然となった。
 意味を理解するのに、暫く時間がかかった。
 よく考えれば社長になったのは、この瞬間だ。

 酷く頼りなさそうに向けられる視線…
 気圧で、呼吸が上手く出来なくなった。





「で…蓋を開けてみれば、内情は真っ赤っか。先代がどう抜け
ようとしてたか知らないけど、私には彼の様な才能も無ければ
、経験も無い。傷を出来るだけ小さく抑える事に集中して…そ
れだけに集中していたら、うっかりハゲタカの爪が食い込んで
しまった、という訳です。」
 自虐に近い話の締めに、黒田はやはり、にこりと笑った。三
島は、その笑顔を黙って見る。
「…怨んだりは、しないんですか?」
「誰を?」
「本木さんを…」
 問いに、男は自嘲したように笑った。
「言ったでしょう? 彼と私は同じだったんです。私が同じ立
場でも…」
「…そうじゃないッ!!」
 三島の大声に、黒田は少し驚く。周囲の客が、チラチラと様
子を見た。
「…社長職を本木さんが引き継いでいれば… 黒田さんが、そ
の間にもっと経営を学んで…それから継いでいれば……クリス
タルネットは こんなに長く赤字損益を出さなかったかも知れ
ないんですよッ!?」

 熱くなった三島の言葉に、黒田は冷めた目して息を吐いた。
「もしも〜って……すごく無意味で、嫌いな言葉だよ。」

 そんなもの妄想する時間は、持たない。

「…同じだったんだよ…」
 言い聞かせる事で保っているのだとしても、それの何所に問
題があるとも思わない。






posted by Team Novelize”HAGETAKA” 15:38 |-|-|pookmark